快適な地形は時間をかけて変わっていく
最近、お金の扱い方について人と話していて、確かにと思ったことがあります。
「メインバンクって別にメインじゃなくないですか」。
給与振り込み口座にはなっていても、日々の支払いに使うサービスは違う。ATMもほとんど使わない。
投資をしている口座もまた別の金融機関になっている。
「メインバンク」という言葉のほうが、実際のお金の扱い方に合わなくなっている。
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考えてみれば、私自身のお金の扱い方も、十年前とはかなり違っています。
では、いつ変えたのか。
「これからは新しい金融生活にしよう」と決心した、はっきりとした転換点などなかったと思います。
気づいたら、少しずつ変わっていたのです。
人は新しい地形へ一気に引っ越すわけではない
以前、とくに現金を中心に生活していたころは、一つ銀行を決めると、生活のかなりの部分がそこにつながっていたように思います。
給与が振り込まれる。公共料金が引き落とされる。現金が必要になればATMへ行く。貯金もそこに置いておく。
銀行をその都度選ぶというより、一度決めれば、その後はあまり意識しないインフラという感覚だったと言うほうが近いのかもしれません。
そこへ、いろいろなものが少しずつ加わってきました。
ポイントを貯めるための自分なりの工夫。友達との割り勘を送金することが増えたことへの対処。証券口座にお金を移すことが増えればそのやりやすさを意識しだす。家計の状態を見える化したくなれば特定のクレジットカードに寄せる。
一つひとつは、それほど大げさな変化ではありません。
こちらのほうが少し早い。
こちらなら財布を出さなくていい。
こちらを使うとポイントが貯まる。
こちらなら残高を簡単に確認できる。
そんな小さな快適さが積み重なっていきます。
そしてあるとき振り返ると、以前とは違う環境のなかで暮らしている。
生活の地形は、そんなふうに変わるのだと思います。
現金がなくなる、というより遠回りになっていく
「キャッシュレス化」という言葉を聞くと、現金からデジタルへの大きな転換を想像します。
けれど、生活者の側で起きていることは、もう少し地味です。
ある店ではスマートフォンで払う。
電車もスマートフォンで乗る。
ネットで買ったものは、その場で決済が終わる。
友人との精算も、わざわざ小銭を用意しなくてよくなる。
そういう場面が一つずつ増えていく。
すると、現金を使うことが禁止されたわけでも、嫌いになったわけでもないのに、現金を取り出す場面そのものが減っていきます。
財布からお札を出し、お釣りを受け取り、あとでATMに行く。
以前は何でもなかった行動が、周囲の地形が変わることで、少しずつ「遠回り」に見えてくるのです。
人が変わったというより、歩きやすい道のほうが変わった。
私は、こちらの見方のほうが実際の変化に近いように感じます。
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そう考えると、「経済圏をめぐる競争」も、少し違って見えてきます。
ポイントが何%つくか。どのサービスとどのサービスが連携するか。銀行、決済、買い物、投資、通信をどこまで一つにつなげられるか。
企業側から見れば、もちろん顧客を自社の経済圏に引き込むための競争です。
「囲い込み」という言葉は、ビジネスシーンでも頻出します。
けれど生活者から見れば、起きていることはもう少し単純で、一つの行動をすると、次の行動が楽になるという積み重ねに過ぎないのではないかとも思います。
ベストな解かどうかは別として、少なくとも自分なりには考えることが減る、何となく合理的に思う。そうした工夫を少しずつ重ねて、道と道をつなげている。いつしか自分が選んだ環境のなかを歩くことが自然になり、以前のやり方に戻る理由のほうがなくなっていく。
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経済圏とは、お得なサービスをたくさん束ねたものというより、日常の行動が滑らかにつながっている地形と考えたほうがいいのかもしれません。
だから、地形は一晩では変わらない
もっとも、便利なサービスをつくれば、翌日から全員がそちらへ移るわけではありません。
生活には、すでに長く使ってきた道があります。
給与振込の設定を変えるのは面倒です。昔から使っている口座には安心感もある。家族とのお金のやりとりもある。引き落とし先を全部変更するとなれば、それなりの手間がかかります。
新しい地形は、古い地形の上につくられます。
だから変化には時間がかかります。
いきなり古い道を壊すのではなく、その横に少し歩きやすい道ができる。
一度歩いてみる。
思ったより快適なので、また使う。
その道から別の道にもつながる。
いつの間にか、そちらを歩く回数のほうが増えている。
社会の大きな変化も、実際にはこうした小さな選択の蓄積なのだと思っています。
変化を見るなら生活の小さな傾きを見る
未来を予測しようとすると、私たちはつい大きなもの、非連続な変化の芽に注目したくなります。
それはそれでもちろん大切ですが、もう少し生活の中で見れる変化、以前なら普通にやっていたのに、最近は面倒に感じ始めている行動や、何かを決意したわけでもないのにいつの間にかやらなくなったことから見えることもある気がします。


