9月19日に、本が出ました。『選ばれるUX――「日常に溶け込む」体験のつくり方』という一冊です。
なぜこの本を書き始めたのか、という話を残しておこうと思います。10年ほど前のことから始まります。
10年前は、私にとって一つの転換期でした。
中国でデジタルがものすごい勢いで暮らしに入っていった時期です。よく覚えているのはQR決済。特別な機器がなくても、紙に印刷されたQRさえあれば、お金のやり取りができてしまう。当時の日本では、まだ現金でのやりとりが多い中、タクシー運転手や露天商が印刷されたQRの紙を大きく貼って商売をしている姿は、当時の私には衝撃でした。
2018年に中国に訪問した際の写真ですが、当たり前のように決済がデジタルでなされること、それは特別な機器をもっていない普通の人が紙に印刷されたもので実現していることに頭を殴られた感覚をもったことを覚えています。

他にも位置情報を使った自転車レンタルや、フードの配送、タクシーの配車など、全員がスマートフォンを持っていればこういうことができる、というサービスが急激に花開いていく「未来図」が中国に行けば体感でき、これは必ず日本にも来ると確信をもつ会社は多くありました。私もお客様と一緒に、何度も中国へ視察に行きました。その頃の経験をまとめたのが、ビービットの同僚、藤井保文の『アフターデジタル』です。
この『アフターデジタル』が広まると同時に、「うちもそういうことをやりたい」というお声がけが増えていきました。
もちろん、私としてもそうした未来を作る仕事にはワクワクしますし、自分も、会社も能力を伸ばすということでは必須のチャレンジです。当然飛びつきます。
ただ、実際に手を付けてみると、そうした社会インフラの作り方など知らないのです。
暮らしの中に、意味のある仕掛けがどう入っていくのか。視察で散々見てきたのですから、分かっているつもりでしたが、それをどう組み立てていくのかとなると、手順が何ひとつ浮かばない。どこから山を登っていいかわからない。当時の私にとって、完全な未体験の領域でした。
2010年代半ばくらいまでの仕事は、画面のユーザビリティを改善する、コンバージョンレートを上げる、といったものが相対的に多く、積み上げてきた型がありました。そこからの段差が非常に大きいことを最初は分からずにいたのです。暮らしに溶け込んだデジタルを前提に、どんなサービスを作るのか。いわば事業の再定義をしようというような種類の仕事であることに気づいていなかった。検討のレイヤーが急に上がった途端、慣れ親しんだ仕事の型が、まるで使えなくなりました。
今でも覚えていますが、3ヶ月で受注した案件を、9ヶ月やっていました。寝ないで仕事をしても空転する。「世界はこうなっていく」と偉そうに語ってきた人間が、いざ作るとなると何も出せない。苦しく、怖く、溺れてもがくような感覚を今も覚えています。追い詰められて、アイデアソンのようなことをやってみたりもしました。いま思えば、あれは何かが積み上がるようなアプローチでもなく、ただ焦りが表に出ただけでした。
振り返ると、直接のヒントになったのは、クリステンセンの『ジョブ理論』でした。デジタルの本ではありません。ただ、どうやって積み上げていいか分からなかった私に、暮らしの中に放置されているペインを見つけ、それを軽くする仕掛けを作ればよい、という思考の軸を授けてくれたことは、とてつもなく大きかったと思っています。さらにいえば、その仕掛けが、広い意味での代替品よりも優れているから、人はそれを雇う。生活に溶け込んでいく。その視点で練りこめばよいのだ、というのは大きなヒントでした。
発想の仕方、ものを考えるレイヤーを急激に変えるのはとても苦しいものでしたが、受注した手前、やらざるをえなかった。徐々に能力を伸ばすというより、できないことを無理やりやった。そんな感じでした。
そこから、10年、サービスや事業を作るご支援を繰り返してきました。10年やると、うまくいく場合と、うまくいかない場合の感覚が、なんとなく身についてきます。言葉にはなっていないけれど、これは進む、これは止まる、という手触りのようなものです。それを落としてみたのが、この本です。
ピーター・ジョーンズの『システミックデザインの実践』に、私が深く共感するくだりがあります。スタジオの中で作り切れる小さなプロダクトと、人間がその一部に含まれるような大きなシステムとでは、そもそも作り方が違う、必要とされる能力も違う、というものです。
たとえば、人が介在しないと成り立たない仕組みを作ろうとすると、社内でワークショップを重ねて賛同者を増やすといった、まったく違う能力が求められたりします。10年前の私には、そんな視点はありませんでした。ノウハウもなく、やり方も分からなかった。
これからそういうものに挑む人が、「仕事の全容」を掴む助けにしてくれたら、と思っています。
失敗しないため、ではありません。挑戦すれば転びます。ただ、それでもいま自分が何にチャレンジしているのかが分かっていれば、失敗は糧にしやすい。そのために使ってもらえたなら、この本を書いた意味はあったのだと思います。


