先日、出版に関連したある取材で「地形って、何ですか」と聞かれました。
『選ばれるUX』の中心にある言葉なので、いちばん答えやすいはずの質問です。
ところが、どうもうまく話せませんでした。あれもこれもと言葉を足して、くどくどとして、焦点が見えにくい話になっていたと思います。
自分の本の、いちばん大事な言葉です。それがうまく話せないというのは、正直、自分でもどうなんだと少しこたえました。
取材中も、その後もどう話すとよかったかなと考えていたのですが、どうも「地形の定義」から語ろうとするとうまくいかない。そうではなく、具体的な出来事から始めてみると、ずっと話しやすいのです。
ここから話せばよかった
また同じような質問をうけたら、本にも書いた一つの出来事から話しはじめると思います。
少し前まで、中国のタクシーの評判は、お世辞にもよいとは言えませんでした。行き先を告げると舌打ちをされる。遠回りをされる。乗っているあいだ、ずっと身構えていなければならない。決してフレンドリーな体験ではなかったのです。
そこに、DiDiのような配車のプラットフォームが現れました。『選ばれるUX』でも紹介しましたが、その後、実際にDiDiでドライバーをしている方々にインタビューをする機会がありました。印象に残っているのは、ある方の言葉です。自分がいい人になったような気がする、と言うのです。
話を聞いていくと、なるほどと思いました。乗客から評価され、それが仕事や稼ぎにも響く。乗る前におおよその料金が分かり、通ったルートも記録されるので、遠回りをする意味も薄れている。ドライバーの方々の話からは、DiDiの中では、丁寧に、まっすぐ目的地まで運ぶほうが得なのだ、という感覚が伝わってきました。
このドライバーの方々の中身が、ある日を境に変わったわけではないはずです。変わったのは、その人が置かれている仕組みのほうです。それなのに、振る舞いは大きく変わった。本人が、いい人になった気がすると言うほどに。
私が「地形」と呼んでいるのは、こうした、人の振る舞いを自然とある方向へ向けている、見えない仕組みの重なりのことです。
この順番で話せば、私としては話しやすい。
取材のとき、私はたしか、生活者のまわりにはたくさんのタッチポイントがあって、その一つひとつが行動に影響を及ぼしている、それらが折り重なったものを地形と呼んでいるのだ、という話をしようとしていました。
説明としては、間違っていないと思います。けれど、どうもピンとこない。接点を一つずつ取り出して並べていくほど、話はくどくなり、地形という比喩で伝えたかったところからは、かえって遠ざかっていくのです。
地形は、地形だけで存在するのではない
地形というのは、見えない仕組みの折り重なりを比喩的に語ったものです。
ただそれは、みえない。
水の流れを見ることで、それまで気づかなかった地面の傾きが見えてくることがあります。人の振る舞いも同じです。なぜこちらを選び、あちらを選ばないのか。その理由をたどっていくと、目には見えない地形が少しずつ姿を現します。
実際に色々なところで話し始めて自覚したのですが、そのままでは「目に見えない地形」は、地形単独で取り出しにくく、話しにくい。
ドライバーが舌打ちをしなくなった。遠回りをしなくなった。自分がいい人になった気がすると言う。まず、そういう人の振る舞いがあります。その振る舞いを見て、なぜそうなるのか、その背後に何があるのかを考えたときに、はじめて地形が浮かび上がってくる。
地形は、その上で動く人の振る舞いを抜きにしては語れません。人がその上を歩き、ある方向へ流れていくからこそ、そこに傾きがあると言える。その上で動いている人間がいなければ、地形という比喩は、そもそも成り立たないのです。
振る舞いから話しはじめる
そう考えると、取材のときにうまく話せなかった理由も、少しわかる気がします。
接点や仕組みを一つずつ並べるところから入ると、地形を、振る舞いと切り離して、それだけで存在するもののように語ることになります。説明の中身が間違っていたというより、難しい話し方を選んでしまったのだと今は思います。
まず人がどう振る舞っているのかを見る。そして、なぜそうするのか、その背後に何が働いているのかを考える。
考えてみれば、これは私が仕事でずっとやってきたことでもあります。人の振る舞いから出発して、環境の側に目を向ける。
地形を語る時、その順番というのは思った以上に大切なことだと振り返って思ったのでした。


