前回、指標はやがて最適化され、「解くべき問題」へと変わっていくと書きました。(前回投稿)
では、最適化されることを前提にしたとき、仕組みはどのように設計すればよいのでしょうか。
指標は、どこまでいっても最適化される
指標は、人の行動を変えます。
しかしその変化は、常に同じ方向を持っています。
指標を効率よく達成する方向へ。
例えば、コールセンターにおいて通話時間を短くすることが評価されれば、人は早く会話を終えようとします。
では逆に、通話時間を長くすることを評価すればどうなるか。
今度は、別の最適化が始まるでしょう。
必要以上に会話を引き延ばす。
意味のない時間を増やす。
指標の向きを変えても、最適化そのものは止まりません。
手段と目的は、入れ替わる
ここで起きていることは、少し視点を変えると、見覚えのある現象でもあります。
手段と目的の入れ替わりです。
本来は状態を知るための手段だった指標が、いつのまにか達成すべき目的になる。
顧客体験を良くするための指標だったものが、スコアを上げること自体に置き換わる。
これは特別な話ではなく、多くの現場で起きていることだと思います。
指標が目標になると、何が起きるか
経済学には、こんな言葉があります。
「指標が目標になると、それは良い指標ではなくなる」
指標は、本来は状態を知るためのものでした。
しかしそれが目標になると、人はその達成そのものに最適化し始める。
その結果、本来見たかったものは見えなくなり、指標だけが残ります。
指標の限界
ここで見えてくるのは、指標という形式そのものの限界です。
指標は、
- 明確で
- 測定可能で
- 比較できる
だからこそ強力です。
しかしその強さゆえに、行動を一つの軸に収束させてしまう。
測れるものと、測れないもの
一方で、本当に大切なものの中には、測りきれないものが多くあります。
顧客との信頼関係。
体験の質。
憧れや信奉、何かの一部でありたいという感情。
これらは、簡単に数値には落ちません。
物語によるナビゲーション
ここで、別の方法が出てきます。
それが、エピソードや物語による共有です。
例えば、顧客が感動した対応の話。現場で起きた印象的な出来事。
あるいは、創業者がどんな思いで事業を始めたのか、どんな体験からこのサービスが生まれたのか。
こうした話は、多くの組織で語られ続けています。
一見すると、単なる美談のようにも見えます。
しかしこれには、別の役割があります。
物語は「目的」を残す
指標は、行動の手段を具体化します。
何をすればよいか。
どの数値を上げるべきか。
一方で物語は、「何のためにそれをやるのか」を思い出させます。
顧客がなぜその対応に感動したのか。
なぜその判断が価値を生んだのか。
そこには、数値には表れない文脈があります。
ここが重要な違いです。
指標は、ハックできうる。
抜け道や仕組みの穴を突くという工夫ができてしまう。
物語は、ハックできない。
明確な“攻略ルート”が存在しない。
同じエピソードをなぞっても、同じ結果が出るとは限らない。
物語に触れ、判断の軸が残れば、ハックではない形で工夫がはじまる。
最初の気持ちを残すということ
創業者のストーリーや、象徴的なエピソードが語られ続けるのは、
単なる文化的な装飾ではありません。
それは、仕組みの中で失われやすい「最初の目的」を残すためのものです。
時間が経つほど、指標は洗練され、運用は効率化されていきます。
その過程で、「なぜそれをやっていたのか」は、少しずつ見えにくくなる。
物語は、そのずれを引き戻す役割を持ちます。
設計とは、分けること
ここで重要なのは、どちらかを選ぶことではありません。
むしろ、何を指標で管理し、何を物語に委ねるか。
これを分けることです。
例えば、最低限守るべきラインは指標で管理し、それ以上の価値は、物語で伝える。
ハックされても破壊されないように設計する。
さらに言えば、ハックを極めても大きなベネフィットが得られないように作る。
そうすることで、過度な最適化を防ぎつつ、方向性を保つことができます。
すべてを指標で導こうとしない
指標は強力です。
しかしその強さゆえに、人の行動を一方向に引き寄せます。
だからこそ、すべてを指標で導こうとしないこと。
それもまた、設計の一部なのだと思います。
最適化されることを前提にしながら、どこに余白を残すのか。
そこは、仕組みづくりの匙加減があるところではないでしょうか。


