最近、UXデザインを始めて間もないメンバーの仕事を見ていて、私にとっては興味深い気づきがありました。
ジャーニーを書いたあと、それをそのままプロンプトとして投げ込み、画面を作ろうとするのです。
プロンプトを投げ込むタイミングが適切かどうかはあまり考えず、文章になればとりあえず投げ込み、画面を生成してもらおうとする。
少し手が止まると、考え続けるよりも、まずは生成する。
今まで私がやってきた仕事の仕方とは違います。
それでも最終成果に近いものがでてくれば、結果ショートカットになる。
率直に見ている感想を言えば、そのときに出来上がるものは「何かちょっと違う」。
それっぽいが、そのまま使えるわけではない。
とはいえ、そんな感覚をもちながらも、作業を進めている本人としては前進している気になるので、プロンプトを投げ込み続ける。
これは、今の若手の典型的な仕事の仕方なのだと思います。
独力でデリバリする力がない時期であれば、多少ずれていても、自分で練りこむより質が高い面もあります。そうであれば、あえて仕事の仕方を変える理由もありません。
若手も、若手なりに、最善手を選んでいるのだと思います。
ジャーニーと画面のあいだにあるもの
ジャーニーとして描いた記述を投げ込んでも、しっくりこない画面が生成されるのは、その間にある思考を飛ばしているからです。
本来、そのあいだには「ジャーニーを実現するためには、どんな機能をつくるのか」を考える段階があります。ジャーニーをただ描いても、それを実現する「からくり」がなければ、ただの無邪気な願望でしかありません。
なぜその不便が起きているのか。どうすればそれが起きない仕組みにできるのか。ペインポイントがなぜ起き続けるかを分解し、そこにどんな「からくり」をいれるとゲインポイントに転じうるのかを考える。しかもそれが現実的に実現可能で、かつあまたある広義の代替品よりも、ぴったりのものであることでなければならない。
こうした地道な検討は、進んでいる実感も得にくく、むしろどこか手応えのない状態が続くものです。しかもこれが少し規模の大きいジャーニーになると、範囲も広い。
正直、広範囲のものを詳細化するというのは、タフで不快です。
だから、つい飛ばしてしまう。
ジャーニーから、そのまま画面へ。
いま起きていることは、そういうショートカットなのだと思います。
最初の単機能まで絞る
スキップされる、この「あいだ」をどう扱えばよいのか。
べき論でいえば「さぼらず、丁寧に分解して機能定義をせよ」なのですが、プロンプトに何かしらを放り込めばアウトプットが出てくるという体験の魅力には抗えません。
時間に追われながら、不快な積み上げをするという仕事はもうできないでしょう。
では、どうするか。
私なりの解ですが、「広げながら(=ジャーニーを描きながら)、詳細化する(=ペインを軽減する機能定義をする)」のはもうやらなくていい。
ただ、ジャーニーを大雑把にイメージした後は、全体を精緻化しなくてよいので、「最初に作る単機能まであたりをつける」を丁寧にやる。
その後は、時流に乗り、AIとのものづくりに進んでしまえばいい。
設計とは、すべてを考えきることではなく、最初の単機能を決めることに近づいている――まだ模索の途中ですが、そんなことを考えています。
すべての機能を洗い出すのではなく「最初に作る一つ」を決める
例えば、最近つくった簡単なアプリがあります。
フリーストック写真サイトを横断して検索できるものです。
https://free-image-search.vercel.app
普段、自分でブログを書くときなどにUnsplashで検索して、その後同じキーワードでPexelsを検索して、と繰り返していたことが煩雑だったのでそれを解消したかったのです。
丁寧にジャーニーを書くなどのワークはしていませんが、文章を書いた後、フィットするイメージ画像を探すペインに目を付けたのですね。
最初つくったのは、APIを提供しているフリーフォトストックの横断検索だけです。
まずはそれだけを形にして自分で使い始めました。
実際に日々に組み入れてみると、次に欲しいものが見えてきます。
たとえば、ブログだけでなく出版物にそのまま使える権利関係のものだけを絞り込みたい。
たとえば、そもそも文章にフィットする画像を探すための単語を考えるのも面倒だから、提案してほしい。
たとえば、以前ダウンロードした写真を再度入手できるように履歴が欲しい。
そんなアイデアが浮かんできます。
こうした機能は、最初からすべて考えていたわけではありません。
使いながら、自然に出てきたものです。
もし最初にすべてを書き出そうとしていたら、もっとエネルギーが必要だったでしょうし、時間もかかったでしょう。精度もそれほど高くなかったと思います。
ジャーニーを描くことはもちろん有用ですが、精度の高いジャーニーを描くのはタフです。
はやくプロンプトに落として具体化したい。一番スピードがでるのはこのプロセスに素早く入ることだとわかっています。
そうであれば、最初に作る機能のあたりをつけるためにジャーニーがある、と割り切ってはどうか。
その後の精緻化は、具体化してからできるのではないか。
自分の個人ワークを通してですが、そんな暫定解を置いています。
単機能は「生活との接点」になる
ここで重要なのは、その「最初に作った単機能」が使われるかどうかです。
使われれば、次に進みます。
使われなければ、そこで止まります。
そして「使われるかどうか」は、日々の暮らしの中に入り込めるかどうかにかかっています。
ふと思い出して使う。
特別な意識をしなくても、手が伸びる。
そこまでいかなければ、その機能は育たないのです。
そう考えると、最初の単機能は、単なる試作ではなく、「生活との接点」をつくるためのものになります。
育てるか、見切るか
もし、その単機能が暮らしに入らなければどうするか。
従来であれば、改善を重ね、磨き続けるという選択が一般的でした。
しかしいまは、少し状況が変わっています。
作るコストは下がり、試すスピードは上がりました。
だからこそ、その機能を磨き続けるのではなく、捨てるという判断も現実的になっています。
ワークフローの新旧対比
これまでやってきた仕事の仕方と、このポストで触れた仕事の仕方を並べてみた図を作ってみました。

これまでの進め方は、全体を描ききり、分解し、順番に実装していくものとしていました。
今回提示したアプローチは、入口となる機能を決め、そこから育てていく流れです。
もちろんケースバイケースですし、パーソナリティやスキルにフィットしたやり方があるのだと思います。
ただ、プロンプトにとりあえず放り込みたくなるという衝動を殺さず、どんどん具体化して多産多死のなかで良いものを生んでいく。この発想は、私はとても現代的だと思いますし、好きです。
何を最初に作るべきか
設計という仕事の性質がかわり、「すべてを決める」というよりも「最初の単機能をどこに置くか」を決めること、そしてそれが生活の中に入り込むかどうかを見極めることになるかもしれない――こうした視点はしばらく育ててみてもよいと感じています。
そもそも、思いついたものをすぐに形にできるというのは楽しいものです。
すべてを考えてから作るのではなく、意味があると確信している単機能を先に作るというのはその「楽しい勢い」を殺さない面もあると感じています。
逆に、その確信をもって作った単機能が使われないという真実が素早く手に入るのであれば、無理無駄な投資もなくなる。
「ジャーニーは最初につくる単機能を定めるためにある」と仮置きし、もう少し、この仮説で試行錯誤を重ねてみようと思います。


