服を買う前に、売値を調べる
最近、こんな話を聞きました。服を買う前に、メルカリでその服の中古の売値を調べる人がいる。デザインや新品の値段だけでなく、「これは将来いくらで手放せるか」まで確かめてから、買う。買う時点で、もう売る場面まで見えている、ということです。
面白いのは、この行動が、条件なしには生まれないことです。
誰でも中古の相場をすぐ調べられること。個人が、面倒な手続きなしに、ものを売れること。この二つが手元になければ、「売値を見てから買う」という発想は、そもそも実行できない。相場が見えて、個人が売れる。その仕組みが先にできて、あとから「売値を見てから買う」という行動が出てきた。
順番は、仕組みが先で、行動が後。
面接は、面接の日に始まらない
もう一つ、別の場所の話をします。採用の面接です。
いまは、企業が応募者のSNSを事前に見ることが、珍しくなくなりました。そして応募する側も、見られることを意識して、投稿を整えたり、公開範囲を絞ったりするようになっています。
かつて、面接は面接室に入ったところから始まりました。ドアを開けて、椅子に座って、そこからが勝負だった。ところがいまは、応募を決めるより前の投稿までが、判断の材料になり得ます。数年前の、まだ誰にも見られていないつもりで書いた一言が、別の文脈から引っぱり出されてくる。
面接は、面接の日ではなく、日常のSNSの段階から、もう始まっている。
ここでも、順番は同じです。過去の行動が記録され、検索でき、まったく別の場面から参照される。そういう仕組みが先にできて、そこから「見られる前提で、日常をふるまう」という行動が生まれた。
似たことは、もっと身近な場所でも起きています。強い言葉ほど注目が集まり、反応が返ってくる。そういう場所では、ふだんより一段強い言い方を選ぶ人が増えていきます。その人がもともと過激だったというより、強く言うことが報われる仕組みが先にあって、そこから振る舞いが寄っていく。ここでも、順番は同じです。
過激なことを書くほど、注目が集まり、ときにお金にもなる。いわゆる炎上商法です。そういう仕組みができると、狙って過激なことを書く、という行動が生まれる。感情がたかぶって、つい言い過ぎた——のではありません。注目される計算のうえで、あえて振り切って書く。ここでも、反応が返ってくる仕組みが先にあって、そこから行動が出てきています。
足あとが見えると、行き方が変わる
少し古い例も、ひとつあげておきましょう。かつてmixiには、自分のページを誰が訪れたかがわかる「足あと」という機能がありました。訪ねると、相手のところに自分の名前が残る。
これがあるだけで、新しい行動が生まれました。気になる相手のところへ、あえて足あとを残しに行く。逆に、気になるのに、見たことを知られたくなくて、あえて見に行かない。どちらも、訪問が記録されて相手に見える、という仕組みがなければ、起きなかった行動です。
見る、という何でもない動作が、足あとが残るというだけで、意味を持つ動作に変わる。仕組みが、行動の重さを変えたわけです。
新しい仕組みのあるところに、新しい行動がある
こうして並べてみると、共通するものがあります。どれも、行動が先にあったのではありません。仕組みが先にできて、そこから行動が生まれています。
相場が見えるようになったから、売値を調べる人が出てきた。過去が検索されるようになったから、日常を整える人が出てきた。過激なことに注目とお金が集まるから、狙って過激に書く人が出てきた。足あとが残るようになったから、あえて行く人と、あえて行かない人が出てきた。
行動を取り囲む仕組み——ここではアーキテクチャと呼んでおきます——が変わると、それまでなかった行動が、そこに生まれる。これは、私にはかなり確からしいことに思えます。
だとすると、この順番は、逆からも使えます。
新しい行動を見つけたいとき。まだ名前のついていない振る舞いを、早めに見つけたいとき。そういうときは、これまでなかった仕組みが生まれた場所を、見にいくとヒントがある。
個人が売れる場所ができた。過去が検索される場所ができた。注目が数字とお金で返ってくる場所ができた。訪問が相手に見える場所ができた。——そうした「少し前まで存在しなかった仕組み」のまわりには、たいてい、少し前まで存在しなかった行動が育っています。
もちろん、仕組みが人の行動を、何から何まで決めているわけではありません。同じ仕組みの中でも、する人としない人がいます。ただ、新しい行動がどこから来るのかを探すときには、新しい仕組みの生まれた場所は、かなり見晴らしのいい入口になります。
見かけなかった行動が、日常にあらわれる。服を買う前に売値を調べる。そういうものに出会ったとき「若い人はそうなんだ」と考えて終わるのではなく、その行動の手前にあるアーキテクチャ、どんな仕組みが新しく生まれたのかを、見にいってみる。そこには、これから広がっていく行動の、いちばん早い姿が映っているかもしれません。
私たちのまわりには、ふだんは目に入らない——いわば見えない仕組みが、いくつも敷かれています。新しい行動は、その仕組みが新しく引き直された跡なのだと思います。
まだ名前のない行動は、アーキテクチャの更新タイミングで見つけやすい。
そんな視点で世界を見るのも楽しいですね。


