「一度、壁打ちさせてください」
コンサルティング営業をしていると、この言葉を使う場面が何度もあります。まだ提案するには早い。でも、相手の話を聞いて、論点を整理して、テーマの輪郭をはっきりさせるお手伝いはできる。正式な成果物にはならないし、チャージもしない。でも、ここで何を聞き、何を返し、何を見立てるかが、その後の提案の質を大きく左右する。
壁打ちは、コンサルティング営業における曖昧だけれど重要な仕事でした。
しかしいま、この仕事の輪郭が変わり始めていると感じています。
壁打ちは、もともと曖昧な仕事だった
壁打ちは、正式なプロジェクトではありません。見積書も出さないし、スコープも決まっていない。営業稼働、雑談、提案前の相談、初回ヒアリング。そうした名前で扱われてきたものの中に、壁打ちという仕事は溶けていました。
しかし実際には、ここでかなり重要なことが行われていました。
相手が最初に口にした課題を、そのまま受け取ってよいのか。本当に困っているのはもう少し手前のことではないか。いま提案すべきテーマは何か。どこから入れば組織が動けるのか。
こうした見立ては、提案書のどこにも書かれませんが、提案の質を根本から左右していました。
字義通りの「壁打ち」は、AIでよくなる
AIは、かなり優れた壁打ち相手になります。
論点を整理してほしい。選択肢を列挙してほしい。質問案を出してほしい。提案の骨子をまとめてほしい。一般論を説明してほしい。こうしたことは、すでにAIがかなりの精度でやってくれます。
だから、「まず話を聞いて整理します」「一緒に考えましょう」という価値提示だけではすでにあまり意味がない。なんとなく相談に乗る、それらしく整理する。それだけであれば、相手はAIでやれることは既に明らかです。
これは営業としては少し厳しい現実ですが、同時に、仕事の本質が見えやすくなる変化でもあると思います。
仕事が消えるのではなく、輪郭がはっきりする
AIによって仕事が奪われる、という言い方がよくされます。しかし、コンサルティング営業の壁打ちに限って言えば、奪われるというより、分解されるという方が近いのではないかと感じています。
壁打ちという曖昧な言葉の中に溶けていた価値が、整理・仮説生成・テーマ見立て・商談設計・意思決定支援のように分かれていく。このうち、整理や仮説生成はAIが担えるようになる。一方で、人間に残るものの輪郭がはっきりしてくる。
では、人間は何を見立てるのか。
人間に残るのは、商談の現在地を見立てること
壁打ちのような段階では、対話のなかで、これから登る山はどういうもので、どんな登り方をするとゴールにたどり着けそうか、というすり合わせを、近い解像度で行うことが大切だと今は思っています。
この解像度は、肌感覚でつかむ部分があります。
たとえば、まだ相手の状況を聞く段階なのに、事例紹介で時間を埋めてしまう。判断条件が揃っていないのに、提案書を作りに行ってしまう。相手が社内で誰を巻き込むべきかすら見えていないのに、クロージングに入ってしまう。相手がまだ考えている沈黙を、こちらの説明で埋めてしまう。
焦りがあれば、こうした「ずれ」は起きがちです。
目の前の会話がスムーズに進んでいるように感じていても、実は局面を飛ばしている。結果として、相手に無理な決断を迫る形になってしまう。
こうした見立ては、AIが選択肢を出せるようになるほど、むしろ重要になると感じています。選択肢はAIが出してくれる。でも、いまこの商談で何を置くべきか、何を急がないべきかは、相手の表情、沈黙の長さ、組織の動き方に触れている人間にしか見えません。
本来あるべき姿は、意思決定を迫ることではなく、意思決定しやすくすること。相手が判断できる材料は揃っているか。関係者の合意は取れそうか。予算感、時期、検討プロセスに無理はないか。こうした確認を一つずつ積み重ねることで、提案は自然に前に進んでいくと思っています。
壁打ちは、仮設計に変わる
これからのコンサルティング営業は、「相談に乗る」から「仮設計する」へ変わっていくのではないかと考えています。
仮設計とは、提案書を仮につくることではありません。相手の現実に照らして、「この順番なら動けるかもしれない」という道筋を一度置いてみることです。そして、その道筋に無理がないかを、相手と一緒に確かめること。
たとえば「AI活用を進めたい」という相談があったとします。業務単位でテーマを棚卸しする道。特定部門で小さく実装して回す道。社内ナレッジをAIが扱える形に整える道。経営判断や会議体のあり方から見直す道。個人のAI活用習慣を底上げする道。
こうした選択肢の列挙はAIで出せます。
しかし、その会社がどの道なら動けるのか。どの道は重すぎるのか。どこから始めると現場が疲弊しないのか。いまの組織の体力と意思決定の速度に照らして、最初の一歩をどこに置くのか。
これは、相手の現実に触れていなければ見立てられません。そして、この見立てがあるからこそ、提案は相手にとって検討に値するものになります。
今回の提案で進まなかったとしても、相手の状況を理解し、無理のない道筋を一緒に考えた経験は、関係として残ります。長期の信頼は、強いクロージングではなく、こうした丁寧な見立ての積み重ねから生まれるのだと思います。
人間の想像力を信じることと、仕事を守ることは違う
AIがこれだけのことをできるようになったとき、人間の仕事をすべて守ろうとする必要はないと思っています。
論点整理、選択肢の列挙、一般論の説明。これまで壁打ちの中で行われてきたことの一部は、AIに寄っていきます。そのことを否定する必要はありません。
ただ、人間の想像力を信じることと、これまでの仕事の形をそのまま守ることは、同じではありません。
壁打ちという言葉は曖昧でしたが、その中に溶けていた価値は確かにありました。AIによってその輪郭がはっきりしてきた今、最序盤にやるべきことは、相手の現実に触れ、まだ言葉になっていないテーマを見立て、動ける道筋をつくること。相手の意思決定コストを下げ、無理なく前に進む支えをつくることだと今は思っています。


