Claude Skillsを初めて使ってみて、ぞわっとしました。
いや、もう少し正確に言うと、頭に血が上って動悸が早まるような感じがありました。
「作業が速くなった」という次元ではなく、もっと根本的に、自分の中にあった判断や手順や癖のようなものが、外に切り出され、再利用可能な部品になっていく感じがあったのです。
正直に言うと、AIによって仕事が代替されていくという話を、私はどこか他人事のように聞いていたところがあります。プログラミングを仕事にしてきた人は大変だ、どんな商売になっていくんだろう、と茫洋と考えはしましたが、どこかで「自分の専門性の中核は、まだ大丈夫だろう」と思っていたのだと思います。
私は、プロダクトやサービスをみて、暮らしに入り込むためのからくりを読むスキルがあります。何を守り、何を直すべきかを見立てることができ、具体的な改善にあたってはクリエイターの意欲を折らずに、前に進むための視点と、当面のフォーカスを定めることができます。
こうしたものは、簡単には代替されない。
そう思っていました。
でも、Claude Skillsを触って、その油断が揺らいでいます。
自分の中にある判断の型や、レビューの観点や、編集の癖のようなものが、ファイルとして外に出る。
そして次からは、自分がいなくても呼び出される。
これは、補完というより、代替に近い。
AIが仕事を助けてくれるのではなく、自分の仕事の一部が、自分なしでも動き始める。
その感覚に、当惑しました。
自分が代替されるかもしれないという、かなり根源的な怖さを感じています。
Claude Skillsで何が起きるのか
Claude Skillsは、ざっくり言えば、特定の仕事に必要な指示や資料や手順をひとまとまりにして、Claudeが必要に応じて呼び出せるようにする仕組みです。
たとえば、部下に対するレビューの観点。調査品質を保つチェックポイント。プロダクトやサービスを見るときの優先順位。コミュニケーション上の配慮すべき点。
そうしたものをSkillとしてまとめておくと、Claudeはその型を使って仕事を進めます。
もちろん、これまでもプロンプトで似たことはできました。
「この観点でレビューして」
「この順番で整理して」
「この文体で書いて」
そう依頼すれば、AIはそれなりに応えてくれます。
ただ、Skillは単発の依頼とは少し違います。
そこには、繰り返し使える「仕事の型」が保存されます。
判断の観点や、手順や、優先順位が、ファイルとして置かれる。
つまり起きているのは、単なるプロンプト改善ではありません。
専門性が、「人に宿るもの」から、「一部はファイルとして保存され、呼び出されるもの」に変わり始めている。
自分の知を読ませていた
今回Claude Skillsに入れてみたのは、この数年、自分がUXやプロダクトについて考え、書いてきたことです。そうした、自分なりに言葉にしてきた知を、Skillとして参照できるようにしました。
また、この秋に出版予定の最初の書籍の内容も参照できるようにしました。作った仕組みが生活になじんでいくためには、そもそもどんなことを考えるべきか。これまでの試行錯誤をまとめたナレッジをSkillに与えています。
つまり今回起きたことは、Claudeが突然、私の仕事を理解したという話ではありません。
自分が長い時間をかけて言葉にしてきたものを、AIが参照できる形に置いた。
その結果として、その知が「読まれるもの」から「実行されるもの」に変わり始めた。
Claude Skillsは随分まわりの評価も高いので期待はもちろんありましたが、自分が代替される水準とは思っていませんでした。
プロダクトの価値を読んでいる
いくつかのアプリやプロダクトについて、Skillにレビューをさせてみると、どれも興味深い結果でした。
それぞれのプロダクトが何に賭けているのか、どこに強さがあり、どこで体験が途切れているのかを、思った以上に深く読もうとしていました。
ここでは一例として、以前個人ワークとして作ったオタマトーンの練習アプリに対するレビューを紹介します。
オタマトーンという、少し不思議な電子楽器があります。音符のような形をした、玩具のようにも見える楽器で、触れば音は出るのですが、狙った音を出すのは意外に難しい。私自身、買ってはみたものの、うまく弾けずに挫折した経験がありました。
そこで、大好きな曲を少しずつ練習できるアプリを作ってみました。題材にしたのは「エイトメロディーズ」という、あるゲームの中で流れる印象的な曲です。知っている人にとっては、ただの練習曲ではなく、「いつか自分で弾いてみたい」と思えるような、記憶に残る曲でもあります。
曲を6つのステージに分け、まず音を鳴らし、音名を確認し、フレーズごとに練習し、最後に通して弾いてみる。
そういう、ごく個人的な練習アプリです。
このアプリをSkillにレビューさせたところ、返ってきた内容は、単なるUI改善リストではありませんでした。
説明するより、実際に出てきたものを見てもらったほうが早いかもしれません。
以下は、Skillが返したコメントの一部です。
資産①:「エイトメロディーズ」という選曲の破壊力
なぜ重要か。 楽器練習で最も難しいのは「何のために練習するのか」という動機の維持だ。このアプリはその問いに最初から答えている。「やりたい曲が決まっている人」に向けた設計は、汎用練習アプリが根本的に持てない引力を持つ。MOTHER2のエイトメロディーズは、特定の世代に「ずっと心にある曲」として刻まれており、アプリを開く動機として最強クラスだ。
何のリスクを減らすか。 練習を続けるための外発的動機(やらされ感)ではなく、内発的動機(弾きたい)が最初から存在している。これは多くの楽器支援アプリが解決できずにいる問題だ。
守り方。 将来の機能追加で「汎用的な楽器練習アプリ」に広げようとする誘惑に注意。選曲の絞り込みはバグではなく戦略資産だ。
ここを読んだとき、どこにも明示的に書いていない、作り手が狙ったことを良く上手に言葉にするなという驚きがありました。
このレビューが見ていたのは、曲名そのものの有名さではありません。
「この曲を弾きたい」という個人的な動機が、練習を続ける理由になるという構造です。
練習アプリは、つい曲数や機能を増やしたくなります。
でも、このアプリの場合、最初から弾きたい曲が決まっていること自体が、生活に入り込むための引力になっている。
だから、「選曲の絞り込みはバグではなく戦略資産だ」という指摘は正しいのです。
どこにも書いていなかった、このプロダクトが何によって成立しているのかを読んでいる。
そして、機能の核心についてはこう書かれていました。
資産④:リアルタイム音名表示が解決する「オタマトーン最大の難所」
なぜ重要か。 オタマトーンを諦める人の最大理由は「自分がどの音を出しているのか分からない」だ。マイクで音を拾い、「レ#」「ファ」と即座に表示するこの機能は、楽器の不透明性に直接メスを入れる。これ単体で「他にない理由」になり得る。
何のリスクを減らすか。 「弾いていても手応えがない」という初心者最大の不安を解消する。フィードバックループのない練習は苦行だが、音名が見えると「いま何をしているか」が分かる状態になる。
守り方。 マイク機能を「任意オプション」のような見せ方にしないこと。このアプリの核心機能として前面に出し続けること。チューニング問題の解決と合わせて、インジケーターの精度も守り続けること。
これも、どこにも書いていませんが、その通りなのです。
オタマトーンは、音を出すこと自体は簡単です。
でも、自分がどの音を出しているのかが分からない。
そこが、初心者にとって大きな壁になります。
だから、リアルタイム音名表示は、単なる便利機能ではありません。
「弾いていても手応えがない」という不安を減らし、練習を成立させるためのフィードバックループです。
このレビューは、その機能を「任意オプション」ではなく、「このアプリの核心機能」として扱っていました。
さらに、総評ではこう整理されていました。
総評
このアプリはプロダクト仮説として強い。選曲、作者が手掛けた背景、ビジュアル品質、マイク機能ーーこれら4つが揃っているアプリは少ない。商業的な動機なしに、本当に必要だから作ったという誠実さがプロダクト全体に染み出ている。
現状の主な問題は、良い構造が体験として届いていないことだ。ステージという「階段」が設計されているのに、ユーザーには「6つの部屋が横に並んでいる」と見える。Stage 1で最初の成功体験が発生するかどうかが設計上保証されていない。ここだけが、このアプリが仮説を証明できるかどうかの分岐点だ。
単に「よくできています」「ここを直しましょう」ではない。プロダクトの価値と、その価値が届かない懸念を、かなり正確に見ている。
このアプリがなぜ成立しうるのか。どこに強さがあるのか。何が届いていないのか。どこが仮説検証の分岐点なのか。
そこを読んでいる。
プロダクトの表面に見えない部分、奥にある「仕組み」を扱っていることが衝撃でした。
「見えないデザイン」を読んでいた
私がマネージャとしてまず考えるのは、ディテールに入る前の部分です。
そもそも、このプロダクトはなぜ暮らしに入り込めるのか。
どんな放置されたペインに触れているのか。
なぜそのペインは、これまで解消されないまま残っていたのか。
それを、このプロダクトはどんな仕掛けによって、自然に軽くしようとしているのか。
そうした、表面には現れにくい「からくり」の部分です。
プロダクトの価値は、画面に見えている機能だけで決まるわけではありません。
むしろ本当に重要なのは、画面の背後にある、見えない仕組みのほうだったりします。
なぜ人はそれを開くのか。
なぜ続けようと思えるのか。
なぜ少し詰まっても離脱せず、もう一度やってみようと思えるのか。
なぜその体験が、その人の日々の中に置かれる理由を持つのか。
私は、そこに練り込んだ軌跡があるかを見ています。
ただ、これは教えにくい。
チェックリストにもしにくい。
学ぶには時間がかかります。
現場で何度もプロダクトを見て、使われなかった理由を考え、生活者のペインに触れ、機能ではなく行動の変化を見る。
そうした経験を重ねる中で、少しずつ身についていくものだと思っていました。
だからこそ、Claude Skillsがそこを美しく言葉にして返してきたことに、強く揺さぶられました。
私が大切にしてきた「見えないデザイン」の読み取りに近いものが、そこにあった。
だから、補完ではなく代替に近いと思ったのです。
専門性が外に出る
ここで起きていたことは、単に「レビュー用プロンプトがうまく書けた」という話ではないと思います。Skillの中に、かなり高度なレビュー作法が埋め込まれ始めていました。
どの抽象度で見るか。
何をブラしてはならない資産として扱うか。
何が生活者の日々に入り込む理由になるのかを見るか。
良い構造が体験として届いているかを判断するか。
これは、ひとりのシニアマネージャが持っている暗黙知にかなり近いものです。
これは、遠くで起きている「AIによる仕事の変化」ではありませんでした。
自分が大事にしてきた専門性の中核に、急に手が届いてしまった感覚がありました。
「ちゃんとできる」は外部化されていく
この変化は、かなり大きいと思います。
これまで、UXデザインの専門家がフィーをいただけたのは、一定の水準を確度高くクリアできたからだったと思います。
一定水準のレビューができる。
一定水準のリサーチ企画と整理ができる。
一定水準の要件定義とタッチポイント化ができる。
もちろん、それは大切な能力です。
でもSkill化が進むと、「ちゃんとできる」は外部化されていきます。
強いSkillと良い素材があれば、平均的にちゃんとしたアウトプットはかなり出せるようになる。
中堅レベルの仕事の一部は、相当な速度で圧縮されていくはずです。
これは、少し残酷です。
経験年数がある。
一通りできる。
それっぽいレビューができる。
そうした能力は、これまでよりも差別化要因になりにくくなる。
今回のレビューで私が揺さぶられたのは、まさにそこでした。
AIが代替し始めているのは、単純作業だけではありません。
表面的な調整だけでもありません。
プロダクトの価値を読むこと。
何を守るべきかを見ること。
何が生活者の日々に入り込む理由になるのかを見立てること。
そうした、自分が専門性の中核だと思っていたものの一部まで、外に出始めている。
これはもう、「起きるかどうか」ではなく、起き始めている現実です。
専門性は、人の中だけに宿るものではなくなっていく。
一部はファイルになり、呼び出され、再利用されるものになっていく。
Claude Skillsを使って感じた衝撃は、そこにありました。
まずは、その現実を受け止める必要があるのだと思います。


