組織を動かしていると、ふと感じることがあります。
「いらんことをすると、いらんことにエネルギーが消えていく。」
少し雑な言い方ですが、これはこれまでの自分の経験の中で、何度も繰り返し出てきた感覚です。
本来向かうべき方向があるはずなのに、なぜか前に進まない。
手を打ったはずなのに、むしろ重くなる。
振り返ってみると、その多くは、
「何かを足したこと」そのものに原因があったように思います。
強い施策ほど、別の力を生む
経営の現場では、ときに強い手を打ちたくなります。
・成果を出させるために、厳しいKPIを設定する
・行動を揃えるために、ルールを増やす
・スピードを上げるために、トップダウンで決める
どれも合理的に見えます。
しかし、ここで見落とされがちなことがあります。
それは、「その強さ自体が、新しい力を生む」ということです。
強引な施策は、必ず反発を生みます。
表立った反対だけではありません。
形だけ従う、やらされ感が出る、余計な調整が増える。
そうした“目に見えない抵抗”に、組織のエネルギーが使われ始めます。
エネルギーは消えていない。ただ、向きが変わる
重要なのは、エネルギーそのものがなくなったわけではない、という点です。
むしろ逆で、エネルギーはちゃんと存在している。
ただし、それが成果ではなく、抵抗や摩擦に使われてしまう。
本来なら、
・顧客に向き合う
・プロダクトを磨く
・チームで工夫する
そういったところに使われていたはずの力が、
・ルールへの対応
・納得していないことへの処理
・関係の調整
といった方向に流れてしまう。
その結果、全体としては前に進まなくなる。
メドウズが示した「システムの歪み」
ドネラ・メドウズも、似た構造を指摘しています。
たとえば、人口を増やしたいと考えた政府が、中絶や避妊を禁止する。
一見すると、目的に対してまっすぐな施策です。
しかし実際には、
・違法な中絶が増え、命の危険が高まる
・望まず生まれた子供が孤児になる
といった別の問題が生まれてしまう。
その結果、政府への反発が強まり、それを抑え込む動きがさらに新たな歪みを生む。
そうした連鎖が積み重なっていく。(チャウシェスク政権の例をメドウズは紹介しています)
目的に対して強く働きかけた結果、システム全体のエネルギーの流れが歪んでしまうのです。
問題は「何をするか」より「どう作用するか」
ここでのポイントはシンプルです。
問題は、施策の正しさではなく、その施策がシステムの中でどう作用するかにあります。
強い施策は、強い反作用を生む。
それがシステムの中で増幅されると、意図しないところにエネルギーが流れ始める。
結果として、「何もしていない方が、まだましだった」という状態すら起こり得ます。
デザインとは、力を足すことではない
環境をデザインするというと、何かを加えることだと考えがちです。
ルールを増やす
指標を増やす
管理を強める
しかし本質は逆かもしれません。
エネルギーが自然に流れる状態をつくること。
余計な摩擦を生まないこと。
抵抗にエネルギーを使わせないこと。
そしてときには、いらんことをしない。
その判断のほうが、ずっと難しく、重要なのだと思います。
少しだけ、やり方を疑ってみる
何かがうまくいっていないとき。
その原因は、能力や努力ではなく、エネルギーの向きにあるのかもしれません。
その施策は、前に進む力を生んでいるか。
それとも、別の方向に流してしまっているか。
ほんの少しだけ、その問いを差し込むだけで、見えるものは変わってきます。


