37signalsという会社があります。
2000年代のWebサービスや働き方をめぐる空気の中で、とても強い光を放っていた会社です。現在も37signalsは、BasecampやHEYといったプロダクトを手がけています。
また彼らは、『Getting Real』や『REWORK』のような本を出し、「小さくつくる」「本当に大事なものに集中する」といった考え方を、鋭い言葉で投げかけてきた会社でもあります。
あらためて彼らの本を読んでいると、今読んでも古びていないどころか、むしろ今こそ大事なのではないかと思う言葉がいくつもあります。
たとえば、こんな言葉です。
ひらめきには賞味期限がある。
くだものや牛乳のように。
ひらめきは生鮮食品という、この言葉が、最近とても残っています。
アイデアは、メモに残すことができます。Notionにも、Google Docsにも、手帳にも残せます。
けれど、アイデアが生まれた瞬間の熱は、保存できません。
そのとき感じた違和感。
これはいけるかもしれないという予感。
いますぐ形にしたいという前のめりな感覚。
それらは、時間が経つと少しずつ失われていきます。
数週間後に見返すと、たしかに悪くないアイデアではある。
でも、もう自分の中にあった温度は下がっている。
「これ、面白そうだったな」とは思うけれど、なぜあのときあんなに作りたかったのかまでは思い出せない。
まずホットドッグを作る
37signalsには、もう一つ好きな話があります。
ホットドッグ屋を始めるなら、まず屋台やメニュー表やユニフォームを作るのではなく、ホットドッグをちゃんと作れ、という話です。
当たり前のようですが、実際にはこれがなかなか難しい。
新しいサービスやプロダクトを考えるとき、私たちはつい周辺から固めたくなります。
名前を考える。ロゴを作る。LPの構成を考える。
料金プランや、場合によってはスケールした時の心配事を考えたりさえする。
もちろん、それらもいつかは必要になります。
でも、ホットドッグ屋の本質は、屋台でもメニュー表でもありません。
まず、おいしいホットドッグがあるかどうかです。
UXやサービスづくりでも、同じことが起きます。
この体験は、人にとって本当に意味があるのか。
この機能は、日常のどこかに入り込めるのか。
この仕組みは、触った瞬間に「これはある」と感じられるのか。
最初に確かめるべきなのは、そこです。
何より大切な心臓部分を、この週末に作れる
最近、AIやコード生成の道具を使っていて、つくづくいい時代になったと思うことがあります。
それは、屋台やメニュー表を速く作れるようになったからではありません。
本当に大きいのは、ホットドッグそのものを、この週末に作れることです。
誰かの手を借りずに、まず心臓部分までたどり着ける。
サービスの中心にある体験を、自分の手で形にできる。
思いついた瞬間の熱が残っているうちに、触れるものとして立ち上げられる。
これは、かなり大きな変化だと思います。
以前なら、アイデアがあっても、実際に動くものにするまでには時間がかかりました。
デザイナーに相談する。
エンジニアに依頼する。
予算を取る。
スケジュールを組む。
仕様を整理する。
関係者に説明する。
もちろん、チームでつくることの価値は今もあります。
大きなものを社会に届けるには、多くの人の力が必要です。
ただ、最初の心臓部分を確かめる前に、あまりに多くの段取りが必要だったのも事実です。
その間に、ひらめきの温度は少しずつ下がっていく。
あのときの「これはいけるかもしれない」という感覚が、会議資料や要件定義の中で薄まっていく。
そうして形になったころには、最初の生々しさが消えていることもあります。
あとで整えればいいものと、今つくるべきもの
プロダクトやサービスには、あとから整えられるものがあります。
名前。ロゴ。説明文。料金体系。細かな見た目。
これらはもちろん大切です。
でも、あとから磨いていけます。
一方で、心臓部分には熱が必要です。
そのアイデアを思いついたときの切実さ。
何が嫌で、何を変えたいと思ったのかという違和感。
「こうだったらいいのに」という生の願い。
そうしたものは、時間を置けば置くほど扱いにくくなります。
冷静になることは大事です。
冷静さがなければ、ものは仕上がりません。
けれど、最初から冷静すぎると、生まれないものもあります。
だから、全部を今やる必要はありません。
ただ、中心だけは今やったほうがいい。
ホットドッグ屋を始めるなら、店舗設計はあとでいい。
看板もあとでいい。
ブランドブックもあとでいい。
でも、ホットドッグだけは、熱いうちに作る。
Getting Real
AIやコード生成の時代について、「何時間で作れた」「週末でここまでできた」という話はよくあります。素晴らしいことです。
ひらめきの鮮度が残っているうちに、心臓部分まで作りきる。
思いついたときに、すぐにやる。
まだ熱があるうちに、触れる。
触った瞬間の違和感を、その日のうちに直す。
翌日には、もう少しよいものにできる。
「べき論」として言われてきた回転スピードが、実現できる時代です。
2000年代に37signalsが提示しした仕事のコンセプト、熱が冷める前に、現実に接続するというアプローチはもはや標準になっていると思います。
違和感が消える前に、手を入れられる。
自分がなぜ作りたかったのかを忘れる前に、形にできる。
自分の実感としても、ひらめきには賞味期限があります。
だから、思いついたら、全部をやろうとしなくていい。
ただ、心臓部分だけは、熱いうちに作る。
ホットドッグ屋をやるなら、まず最高の一口を作る。
それができる時代になったことを、私はかなり素直に、いい時代だなと思っています。
参考リンク:


