AIは広がっている。でも、まだ「チャット段階」にいる
生成AIは、かなり速いスピードで企業の中に入り始めています。ただ、その使われ方は、まだ「チャット段階」にとどまっていることが多い、という記事を読みました。
From AI insight to business outcomes:
What enterprises need to move beyond the “Chat Phase”
この記事では、McKinseyの調査を引きながら、88%の組織が少なくとも一つの業務機能でAIを使っている一方で、全社的にスケールできている企業は約3分の1、測定可能な財務インパクトを報告している企業は39%にとどまると紹介されていました。
この数字は、感覚的にもよく分かります。
AIは使われていないわけではない。
むしろ、多くの人がすでに使い始めている。
ただ、その使われ方は、限定的で、個人がチャット的に使うのみ。
調べる。要約する。壁打ちする。資料のたたきを作る。個人の知的作業を少し速くする。
もちろんそれ自体には、はっきり価値があります。私自身も日々その恩恵を受けています。
ただ、そこから先があることも見えています。
AIが個人の作業を助けるだけでなく、組織の意思決定や実行の仕組みに入り込んでいくとき、何が起きるのか。
「チャット段階」から先にいこうとするとき、それを阻むのは何なのか。
ひとつの原因:問題は、便利かどうかではなかった
最近、意思決定とAIの関係について、いくつかの会社の経営者に話を聞く機会がありました。そこで見えてきたのも、まさにこの「チャット段階」の先にある難しさでした。
こちらが持っていた仮説は、比較的素直なものでした。経営には複雑で曖昧な判断がつきまとう、だからこそAIが思考を補助し、判断の精度を高めるパートナーになり得る。ソロプレナーという言葉にも注目が集まっていることもあり、むしろどこまで依存しうるかが焦点になるのでは、とさえ私は思っていました。
ところが実際に話を聞いていくと、想定とは違いました。
「AIを意思決定に使えそうか」という問いに対して、反応は渋いのです。
しかしそれは、AIへの不信や、テクノロジーへの抵抗感から来るものではありません。
もう少し聞いていくと、別の話が出てきました。
ある程度年数を重ねた会社には、「トップがすべてを見て、すべてを決める状態から抜け出したい」という課題を抱えているところがあります。経営チームとして意思決定する。責任を委譲する。個人の判断力に依存するのではなく、組織の意思決定能力を育てていく。そういう方向に、会社として向かおうとしている。
そこにAIが経営者を支えるという素朴な話を持ち込むと、ズレる。
使うことが、組織の論理に反してしまう
「AIが経営者の片腕になる」という提案は、機能の話としては筋が通っています。しかし、その会社の組織の話としては、別の意味を帯びます。
そもそも、組織にAIを入れるという話は、「便利なツールを一つ追加する」というだけでは済みません。特に意思決定に関わる領域では、AIは単なる補助機能ではなく、誰が考え、誰が判断し、誰が責任を持つのかという構造に触れてしまいます。
個人依存から抜け出したいと思っているときに、個人の判断力をさらに強化するツールを入れる。経営チームで決める文化をつくろうとしているときに、トップ一人でより多くを処理できる仕組みを整える。
そこに拒否感が生まれていました。
それは、短期的には役に立つかもしれません。経営者の思考は速くなり、判断材料も増え、意思決定の精度も上がるかもしれない。
しかし同時に、それまで時間をかけて進めてきた権限移譲や、経営チームづくり、組織として判断するための試行錯誤を、意図せず巻き戻してしまう可能性があります。
まともな経営者ほど、「役に立つかどうか」だけでは判断できません。
そのツールを入れることで、組織のどの力学が強まるのか。誰の判断が補強され、誰の学習機会が減るのか。自分たちが育てようとしている組織能力と矛盾しないか。そこまで含めて考えざるを得ない。
経営者は、そのことを言語化せずとも、肌感覚として受け取っていたように見えました。だから、機能の説明をいくら積み重ねても、どこかで返答が止まる。
次世代を育て、経営をチームに移していこうとしているときに、「CEO個人をさらに強くする」ことを表立って進めるのは避けたい。そうした感覚が、背景にあったのだと思います。日本の中小企業では、ある程度典型的な状況なのかもしれません。
「チャット段階」の先には、組織の力学がある
ここに、AI導入が「チャット段階」から先へ進むときの難しさがあるのだと思います。
チャット段階では、AIは個人の作業を助けてくれます。調べものを速くする。文章を整える。論点を洗い出す。個人が便利だと感じれば、それで成立する。
しかし、AIを組織の意思決定や実行に近づけようとすると、話は変わります。
AIが出した示唆を、誰が採用するのか。
その判断は、既存の会議体や権限分掌とどう関係するのか。
さらにいえば、誰の仕事、誰の機会をなくすと決めるのか。
AIが賢くなるほど、こうした問いは避けられなくなります。
つまり、AI導入の壁は、AIの性能不足だけではありません。
組織の中で、そのAIがどの力学に触れてしまうのか。
そこに難しさがある。
AIに限らず、いつも環境が先にある
考えてみると、これはAIに限った話ではありません。
SaaSを導入するときも、同じことが起きます。
どれだけ優れたツールであっても、現場の業務の流れや、評価のされ方、権限の置かれ方に合っていなければ入っていかない。
新たな経営指標を入れる、といった取り組みでも、似たことがあります。
顧客の声を経営に活かそうとしても、その組織が短期的な売上や部門ごとの目標だけで動いていれば、指標だけが浮いてしまう。仕組みとしては正しく見えても、組織の環境がそれを受け止められなければ、形だけの導入になってしまう。
新しい技術や考え方が出てくるたびに、私たちはつい「それで何ができるか」から考えます。
けれど実際には、いつも先に環境があります。
組織の歴史がある。意思決定の癖がある。評価の仕組みがある。人と人の関係がある。すでに動いている力学がある。
そこをまるごと受け入れずに、機能だけを差し込もうとしても、たいていうまくいかない。
今回のAIの話も、近しいことに感じます。
ツールや仕組みを組織の中に届けることは、単に機能を渡すことではありません。その組織の環境を理解し、文脈を受け止めることから始まる。その目線がなければ、いかに強力な機能も歓迎されない。
新しい技術が出てきても、この問いは変わらないのだと思います。
AIの話をしているようで、結局はいつもの設計の話に戻ってくる。
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ただし、ここで話は終わりません。
組織としては慎重にならざるをえないことまでは今回ふれました。
ですが、別の角度でみえれば、チャット段階が多いとはいえ、個人としてはすでに(会社の指針に沿わなくても)業務更新といえるレベルで使っているシーンも少なからずあるともいえるのです。
この「慎重な組織」と「素早く試す個人」というギャップまでふくめて、状況を捉えることに面白みがあると思っています。


