円環という構造――安定と停滞のあいだ
短期最適化が積み重なると、円環が生まれます。
あなたが好むものが提示され、それに反応し、その反応が次の提示に反映される。
この循環は効率的です。摩擦が少なく、満足度は安定する。
しかし円環には、自己強化性があります。
好みは強化され、関心は収束し、視野は固定される。
安定は生活にとって重要です。
しかし安定が更新を止めたとき、それは停滞になります。
円環の内部では不快は少ない。
しかし外部との接点も少ない。
ここで問題になるのは、刺激の不足ではありません。
適切な変化が起こらなくなることです。
短期的コンフォートと、長期的コンフォート
コンフォートゾーンには時間軸を設定できると考えています。
短期的コンフォートとは、「いま心地よい」状態です。負荷が低く、摩擦が少ない。
長期的コンフォートとは、「将来も自在でいられる」状態です。選択肢が保たれ、基準が育ち、変化に適応できる。
この二つは、必ずしも一致しません。
常に最も心地よい選択だけを提示し続けると、いまは快適です。
しかし、その状態が続いたとき、私たちは変化に対応できるでしょうか。
現在に最適化しすぎると、適切な変化が起こらない。
これは直感的に理解できる構造です。
だからこそ、コンフォートゾーンを「守る」のではなく、「長期で育てる」という発想が必要になります。
ここに、現代のコンフォートゾーン概念の捉えなおしがあるのではないかと考えています。
これまではコンフォートゾーンから出ないことが望ましいとされていた。
これからは、意識的にコンフォートゾーンから出る設計が必要になるのではないか。
その視点を設計者はもつタイミングに来ているのではないかと思うのです。
「異質さ」をあえて混ぜ、コンフォートの逆を行く
これまでのUXは、「いかに摩擦を減らすか」という問いを中心に発展してきました。
不要な入力を減らす。迷いを減らす。不快を減らす。
しかし機械協働環境では、摩擦削減は自動で進みます。
ここで必要になるのは、逆方向の想像力ではないでしょうか。
不快なものを削るのではなく、混ぜる。
狙って、ほんの少しだけ異質さを織り込む。
例えば、音楽体験。
完全な個別最適プレイリストだけではなく、友人とシャッフル再生する機会を設ける。誰かの選曲が混ざる。自分では選ばなかった一曲が流れる。
そこには、確率的最適とは異なる揺らぎがあります。
それは強い不快ではありません。
しかし、円環の半径をわずかに広げます。
重要なのは振れ幅です。
遠すぎれば拒否される。近すぎれば更新が起きない。
この半径を意図的に設計すること。
それが、コンフォートゾーンを長期で育てるということです。
ただ滞在時間が伸びるだけ、ただ既知のものに囲まれるだけの体験が豊かさにつながるとは思えません。
ここに、新しい設計の肝があるように思います。
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