これまで:コンフォートゾーン概念で揺らぎをつかんできた
チップチェイスの提示したコンフォートゾーンは、単なる心理モデルではありませんでした。それは、「生活は常に揺らいでいる」という観察でした。
人の主観的な「快適さ」は固定されていない。時間帯や出来事によって微細に上下する。
例えば、誰と会話しているか。その環境の温度、混雑度合い。相手との距離感、視線。それらは一つひとつは小さいが、確実に快適さを削っていく。
コンフォートゾーンとは、その揺らぎのなかで安心していられる領域のことです。人は一日のなかで、何度もその境界を出入りする。そしてその都度、小さな回復行動をとる。
水を飲む。
席を移動する。
空気を入れ替える。
UXデザインは、この「コンフォートゾーンから抜け出てしまう」タイミングに注視しつつ、回復行動を支援するという発想で寄り添ってきました。
デザインにあたり、微細な揺らぎを観察できるかどうかが一つの生命線です。
生活者のもつ小さな違和感を拾い上げられるかどうかが設計の質を左右します。
この視点は、いまも有効です。
これから:コンフォートゾーンの捉えなおし――「感じるもの」から「生成されるもの」へ
従来の前提では、コンフォートゾーンは生活者の内側にありました。環境との相互作用のなかで形成されるとはいえ、主語はあくまで「人」でした。
しかし、テクノロジーに包まれた現代では、コンフォートゾーンは内面だけで完結しません。
レコメンドは提示順を変え、通知は最適化され、表示内容は履歴に基づき再構成される。
快適さは自然発生するものではなく、動的に生成されるものになりました。
コンフォートゾーンは、
- 心理的感覚
- 環境条件
- アルゴリズムによる再構成
これらの相互作用のなかで形成されます。
つまりコンフォートゾーンは、「感じるもの」から「設計思想の反映物」へと変質したのではないかと思うのです。
どの指標を最適化するのか。
どの行動を強化するのか。
その選択によって、私たちの快適さは形づくられていきます。
例えば、フィルターバブルは、その象徴的な例です。
自分の関心に合った情報が並ぶ。外れは減る。探す必要がない。
そこにはほとんど摩擦がありません。
これはコンフォートゾーンの自動維持装置とも言えます。
レコメンドは提示順を変え、通知は最適化され、表示内容は履歴に基づき再構成される。
外れそうになる前に補正が入る。
ここでは、ゾーンから外れたあとに回復するのではなく、外れそうになる前に調整される。
ゾーンの境界が、身体感覚として立ち上がりにくくなります。
自分がどこまでを快適と感じているのか。
どこからを不快と感じるのか。
その輪郭が、徐々に曖昧になる。
快適さは「自然発生」ではなく「生成」されています。しかしその生成過程は、ほとんど意識されません。
我々の暮らす日々は、すでにコンフォートな状態が自動的に保持される、高精度な装置のなかにあると考えてもよいのではないでしょうか
目次

