UXの仕事というと、ユーザー理解の方法論や、体験設計のプロセスの話が中心になりがちです。
ただ、UXデザイン組織を率いる立場にあった頃、私が経営として多くのエネルギーを割いていたのは、実はそうした技術論の部分だけではありませんでした。
一流の人が、仕事をするに足る環境をつくれているか。
集中して、余計なことに削られず、時間を忘れて生活者体験を考え続けられる状態を保てているか。
いま振り返ると、私は「UXをつくる組織」以前に、「UXをつくる人のエクスペリエンス」を設計しようとしていたのだと思います。
UXの前に、まず壊すべきものがあった
UXの議論を始める以前に、組織の中にはどうしても先に向き合わなければならないものがあります。
それは、内部ロスです。
- 意味のない対立
- 非生産的な駆け引き
- 誰かを優位に立たせるための情報コントロール
- 空気を悪くするだけの振る舞い
こうしたものは、一つひとつは小さく見えても、確実に人の集中力と誠実さを削っていきます。
UX以前に、考える前に疲弊してしまう環境では、良い体験が生まれるはずがありません。
だから経営としてまずやるべきは、理想を語ることよりも、一流の人の仕事を邪魔するノイズを徹底的に取り除くことでした。生活者側から考えることを求めるなら、それが徹底してできる環境を作りたかった。
自由と信頼は、放置すると壊れる
もう一つ、強く意識していたのは、「自由」や「信頼」を掲げるだけでは組織は回らない、という現実です。
自由と信頼は、とても壊れやすい。
そして一度壊れると、回復には時間がかかります。
実際に、大変な苦労をしました。
自由や信頼の名のもとにマネジメントレスを放置することは、素朴に考えても肯定できる話ではない。ごく普通のことではありますが、誰が誰の上司なのか分からない状態や、何が評価されるかも人によってばらつく状態になると仕事に集中などできません。
- レイヤーに関係なく、約束から外れた行動があれば、素早く補正する
- 例外を安易に認めない
- 責任者は、能力よりも「約束を守れるか」で任命する
特に、崩れた時は上から順番に手を付けていくことが必要でした。
任命の見定めに失敗すると、見えないところで不正が起こる。そしてそれは連鎖する。
これは理屈ではなく、経験から得た実感です。
経営の仕事は、文化の守護者として、隙を見つけては塞ぎ続けることでもあると思っていました。
働く人のUXとしての「安心」
UX組織にとって、もう一つ欠かせないのが「安心」です。
ここで言う安心とは、ぬるさや甘さのことではありません。
- 辛い真実ほど、早く共有される
- 共有された上司は、感謝とともにそれを受け取る
- 対話を拒む人を、放置しない
こうした振る舞いが、組織として一貫しているかどうか。
人間であれば、悪意なく情報の流れが止まることもあります。
だからこそ、「正直であること」が損にならない設計が必要でした。
働く人が、「これを言ったらどう思われるだろう」と余計な心配をせずに、違和感や問題を差し出せること。
それは、働く人のエクスペリエンスの品質そのものであり、クライアント企業に対して率直に真実を伝える立場の会社には必須の要件に思います。
質の高い仕事は、集中できる環境からしか生まれない
業務遂行能力とともに、人格を重視した採用や育成を行う。自身の利益だけに向いた短絡的な行動があれば、それに気づかせる。広く他人の幸福を重視した振る舞いを促す。
振り返れば、普通のことといえば普通のことなのですが、質の高い仕事を、時間を忘れるくらいの集中状態でやってもらうためのアクションと捉えていました。
会社ビジョンを語ることも、方法論を整備し教えることも大事なのですが、「体験づくりに没頭できる環境を、壊れない形で維持し続けること」が土台にある。正直派手さがないので見逃されがちですが、組織が崩れないための視点として大切だと今も思っています。
【連載】
イントロダクション:UXデザインは、「態度」の仕事
#1:内製化が進む時代に考える:UXを専門にする会社のスタンス
#2:UX組織において、経営が設計すべき「働く人のエクスペリエンス」
#3:UXの仕事では、「更新し続ける態度」が評価される


