前回、ピークを跳躍として、エンドを節目として捉え直しました。体験は一回のセッションで閉じるものではなく、DailyからAnnualへと広がる時間の中で変化が育つ。
しかしここで、もう一つの問いが立ち上がります。
「その長い時間軸を、誰が描くのか」です。
アルゴリズムが得意なこと
機械協働時代において、アルゴリズムは非常に強力です。
- 反応を即座に検知する
- 離脱の兆候を予測する
- 滞在時間を最大化する
- 難易度を自動で調整する
つまり機械は、いま起きていることを最適化することに長けています。
その精度は、人間をはるかに超えます。
しかし同時に、はっきりしていることがあります。
アルゴリズムは、意図を持ちません。
最適化の先にあるもの
最適化とは、「よりよく続ける」ことです。
しかしそれは、どこへ向かうのか、何をもって“よい変化”とするのか、どの跳躍を価値あるものと呼ぶのかを自動的には定めません。
英会話学習の例で言えば、滞在時間を最大化することは可能です。Dailyの完了率を上げることもできるでしょう。
しかし、「一年後、自然に話しかけられる自分になる」という未来像は、データから自動的には立ち上がりません。
それは、願いとも言えるものです。
長期視点は“願い”から始まる
Annualレベルの跳躍は、自然には生まれません。
だからこそ、長い時間軸は、まず仮定されなければならない。
一年後、どうなっていてほしいのか。
その仮定は、科学というよりも意思に近い。
この意図がなければ、体験はなめらかに続きますが、どこへ向かうのかは曖昧になります。
前回触れたように、ピークを跳躍として捉えるならば、その跳躍が何であるかを、誰かが定義しなければなりません。
それは、アルゴリズムの延長では決まりません。
たとえば、
- 会話が成立することを跳躍と呼ぶのか
- 海外旅行を自力で楽しめることを跳躍と呼ぶのか
- 異文化と対等に議論できることを跳躍と呼ぶのか
ここには価値観が介在します。
そして価値観は、設計者の側にあります。
機械と人の分担
ここで役割を仮置きできるのではと思います。
機械は、
- 連続を支える
- 摩擦を減らす
- 日々の改善を重ねる
人は、
- どこを跳躍と呼ぶのかを決める
- どこに節目を置くのかを決める
- どんな変化を望むのかを決める
機械が扱うのは、傾向。
人が扱うのは、方向。
機械は過去と現在を読む。
人は未来を仮定する。
この分担が崩れると、最適化は進みますが、長い視点での強度が落ちるように思います。
機械協働時代の設計者の役割
機械協働時代において、設計者の役割は縮小するどころか、むしろ明確になります。
短期最適化は機械に任せられる。
だからこそ人は、
- 長い時間軸を想像する
- その先にある姿を描く
- そこへ向かう構造を設計する
という仕事に集中できる。
もし誰も長期の意図を置かなければ、体験はただ平らに伸びていくでしょう。
それは効率的かもしれません。しかし跳躍は生まれにくい。
ピークは消えていない。ただしそれは、アルゴリズムの最適化単位の外側にある。そこに意図を置くのは、人の仕事です。
結論
機械は連続を最適化する。
人は、その連続がどこへ向かうのかを決める。
この分担が明確になるとき、ピークエンドは短期の演出技法ではなく、長期の変化設計へと拡張されます。
時間軸を伸ばすとは、未来を仮定するということ。そして未来を仮定するということは、願いを込めるということでもある。
それが、機械協働時代におけるピークエンドの扱い方なのではないでしょうか。
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