ショート動画を、気づけば延々と見続けている。次の動画へ。また次へ。
終わるきっかけがない。
ときどき、ふと我に返る瞬間があります。
「いま、何を体験していたのだろう」と。
そこには明確な山はありません。
強烈なクライマックスも、静かなエンディングもない。
ただ、なめらかに続いていただけ。
こんな感覚をもちながら、ふとこれはどんなデザインなのだろう、どんなデザイン原則といえるのだろうと考えてみたくなったのです。
アルゴリズムが自分の関心に沿いながら、飽きないように、ただ長く見続けるように体験をつくる時代、デザイナは何を考えて設計をするべきなのだろう、と。
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長いあいだ、体験は「山」として語られてきました。
はじまりがあり、途中に高まりがあり、最後に閉じる。そして人は、もっとも強く印象に残った瞬間と、終わり方によって体験全体を評価する。
いわゆる「ピークエンドの法則」です。
この法則は、心理学の実験から導かれたものですが、やがてサービスデザインやUXの文脈でも広く参照されるようになりました。
ディズニーのアトラクション、スプラッシュマウンテンの事例は有名です。
最後の16メートルの落下が体験のピークとして設計され、この瞬間を最大限に演出するため、導線や演出、さらには落下後の写真撮影と購入体験までが一貫してデザインされています。
このように、体験のピークに焦点を当てた設計は、私たちが取り組む仕組み設計においても重要な示唆を与えてくれます。
数多くの映画でクライマックスの迎え方と余韻が丁寧に設計されていますし、飲食店体験もピークとエンドを意識したコースが作られているように思います。
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設計者はこれまで情熱をもって体験に山をつくり、美しい終わりを描き、記憶に残る体験をデザインしようとしてきました。
しかし、特にデジタル環境を中心に、その前提は静かに揺らいでいるように見えます。
コンテンツは断片化され、機械に再編集される。
アルゴリズムは人ごとに体験を変え、ピークも一様ではないデザインも可能になっている。
サービスは「永遠に終わらない関係」をめざし、エンドそのものを曖昧にしている。
これまで設計者が考えてきた「ピーク」の意義は揺らぎ、用意された「エンド」はあくまで通過点になる。
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はたして、山は消えたのでしょうか。
それとも、私たちの視野が追いついていないだけなのでしょうか。
この連載の問いは、単純です。
機械協働時代において、ピークエンドの法則はどう扱われるのか。
この問いに対して、「もう古い」と片づけることは簡単です。
しかし私は、そうは思いません。
ピークは消えていない。エンドもなくなっていない。
ただ、時間軸が拡張したのではないか。
短い体験の山から、長い人生の山へ。
完結する終わりから、接続する区切りへ。
もしそうだとすれば、設計者が担うべき責任は、むしろ重くなっている。
本連載では、代表性が解ける構造を整理し、ピークとエンドを時間軸の中で再定義し、それを誰がどう担うのかを考えてみたいと思います。
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