UXデザインの話というと、どうしても方法論やフレームワークの話になりがちです。
どんなプロセスを使うのか。 どんな調査手法があるのか。 どう設計すれば、使いやすくなるのか。
それらはどれも大切ですし、私自身も長く、そうした仕事に携わってきました。
ただ、UXデザインの仕事を続けていると、どれだけ丁寧に設計しても、どこかで成果が頭打ちになる瞬間に出会います。細かな改善を積み重ねても、手応えが薄い。評価はされるけれど、強く選ばれている感じがしない。
そのとき多くの場合、問題は体験の細部ではなく、もっと手前にあります。
まずは躓きの石をどける仕事をやりきることが前提
UXデザインの仕事は、多くの場合「躓きの石」を見つけ、それを取り除くことから始まります。
分かりにくい導線。 余計な入力項目。 誤解を生む表現。
そうした摩擦を一つずつ減らしていくことで、体験は確実に改善されます。これはUXの基礎であり、多くの現場でまず求められる価値でもあります。
ただ、この仕事を丁寧に続けていると、次第にある違和感が立ち上がってきます。
「問題は解消されているが、そもそもの問題が置いてけぼりになっている」
躓きの石は減っている。けれど、このまま磨いても行きつく頂は大して高いところにならない。出てくるのは小さな問題で、対峙すべきかというと逡巡する。
UXの仕事には、そうした“立ち止まり”が、意図せず訪れるのです。
視線を未来に向け直す瞬間
サービスであれば、次に立ち上がる問いはこうです。
「このサービスは、どんな日々の違和感を軽減するものなのか」
そしてもう一段、視線を先に送ります。
「それによって、人はどんな一日を過ごせるようになるのか」
ここで扱っているのは、目の前にある問題ではありません。まだ起きていないけれど、起きてほしい日常。これから訪れうる時間への期待です。
UXの仕事には、このように異なるレイヤーを行き来する瞬間があります。
・いま確かに存在する躓きの石という事実
・まだ見えない、これから訪れる日々への期待
この「躓きの石という事実」に対峙することと「日々への期待」を新たに描くことを意識的に分けて考える。ここに一つの検討の技術があります。
コンセプトワークとは何か
私は、この「期待」の部分をコンセプトワークと呼んでいます。
UXデザインをあえて分解すると、次の2つのステップに分けられると考えています。
ステップ1:どんな期待を立ち上げるのか
ステップ2:その期待を、どのように自然な体験に落とし込むのか
「期待」は、完成形の設計図ではありません。仕様でもありません。むしろ「この方向に進みたい」という方向性です。そして実際の現場では、この体験の方向性を示す作業が、想像以上に難しい。
初学者ほど、「期待」は説明的になる
まだ見ぬ日々への期待を考えよう、とすると人はとても丁寧に説明しようとします。私自身もそうでした。
たとえば結婚式のUXを考えるとき、最初に出てくるのはこんな言葉です。
「お金を過剰にかけなくてもいい」 「写真だけでもいい」 「ごく小さな家族だけの食事会でもいい」
どれも事実で、配慮も行き届いています。ただ、これらはまだ断片的な要件の拾い上げにとどまっています。
お金がかかりすぎる、無駄に思える心労が大きい、誰が喜んでいるのかわからないというペインの「コインの裏返し」をまずは行った、というステップ。
ここまででも悪くないのですが、指針というには心もとない。
名詞を変える、というジャンプ
そこで一度、思考を切り替えます。
説明をやめる。 細部を詰めるのをやめる。 少し乱暴でもいいので、名詞を変えてみる。
たとえば、既に存在する強い言葉ですが、
「小さな結婚式」
というコンセプトワードがあります。
論理的には粗い言葉ですし、誤解も招きかねません。けれど、ここではそれでいい。
「小さな結婚式」と言い切った瞬間、 「写真だけで済ませる」という妥協ではなく、 規模に依存しない、手作り感のある祝福や、密度の高い時間といった像が立ち上がり始めます。
期待の立ち上げとは、このようなジャンプを伴って立ち上がるものです。正確である必要はありません。むしろ、多少飛躍しているほうがいい。
期待は、デザインの羅針盤になる
実際のデザインの現場では、立ち上がった期待が大きな羅針盤になります。
「この『小さな結婚式』から想像される式が、期待外れにならないためには何が必要か」 「どの接点で、この言葉が嘘になってしまうのか」
そう問い直しながら、体験を一つずつ設計していく。
期待があるからこそ、体験を丁寧に作る意味が生まれます。
逆に言えば、大きな期待を立ち上げた分だけ、体験のデザインのハードルも高い。コンセプトワークは、後工程を楽にする仕事ではありません。むしろ、厳しくする仕事です。
コンセプトは言葉遊びではなく「期待を引き受ける」覚悟
コンセプトワークは、耳障りのよい、美しい言葉を考える仕事ではありません。
それは、これから生まれる体験に対して「この期待を引き受ける」と決めることです。
躓きの石をどけることと、未来への期待を描くこと。 この二つを往復しながら、UXの仕事は進んでいきます。


