良かれと思って始めたことが、かえって状況を悪くしてしまうことがあります。
以前、ある研修でこんな話を紹介してもらいました。
高度成長期以降、日本の湖では魚が減ったと言われるようになり、その原因の一つとして「水草が減ったからではないか」と言われた時期があったそうです。
そこで環境保護活動の一環として、小学校で水草を植える活動が促されたことがあったとのこと。
水草は、いかにも環境に良さそうに見えます。
しかし後に分かってきたことは、少し意外なものでした。
湖に浮くタイプの水草を植えると、魚はむしろ減ってしまうのです。
浮く水草は水面を覆い、太陽光を遮ります。
すると水中の植物プランクトンが光合成できなくなります。
その結果、水中の酸素濃度が下がり、魚が呼吸できなくなる。
つまり魚を増やすために植えた水草が、魚を減らしてしまった。
そんなことが起きていたのです。
同じような話は珍しくない
似た話があります。
奄美大島では、毒蛇のハブを減らすためにマングースが放たれました。
マングースは蛇と戦う動物として知られています。
「天敵ならハブを減らしてくれるだろう」
そう考えられたのです。
しかし結果は予想とは違いました。
マングースはハブをほとんど捕まえなかった。
その代わり、マングースはもっと捕まえやすい動物を捕食し、天然記念物のアマミノクロウサギが絶滅の危機に瀕してしまった。
「良さそうな案」を選ぶという判断
こうした話を聞くと、当時の判断は短絡的だったのではないかと思うかもしれません。
しかし、もう少し慎重に考える必要がありそうです。
現実の世界では、すべての情報が揃うことはほとんどありません。
時間にも限りがあります。
限られた知識と条件の中で、今ある材料から暫定的な解を出すしかない場面は、むしろ多いものです。
経済学者ハーバート・サイモンは、人間の意思決定を満足化(satisficing)という言葉で説明しました。
人は常に最適な答えを見つけているわけではありません。
限られた情報の中で、「これなら十分だろう」と思える解を選びます。
これは人間の弱さというより、複雑な世界の中で行動するために現実的な思考様式でしょう。
水草の話も、マングースの話も、そうした判断の結果として始まったものと考えることができます。
大事なのは、そこから
だから、良かれと思って始めたことがうまくいかないこと自体は、それほど特別なことではありません。
問題は、そのあとです。
うまくいっていないことにどれだけ早く気づけるか。
そして壊れた仕組みをそのままにしないこと。
仕組みは一度作れば終わりではありません。
現実の中で試され続けます。
思っていた通りにいかないこともある。
むしろ、それは自然なことなのかもしれません。
だからこそ観察し、修正し、作り直す。
仕組みとは一度完成して終わりではなく、現実の中で少しずつ調整していくものと捉える。
奄美大島では、その後長い時間をかけてマングースの駆除が行われ、2024年にはついに根絶が宣言されました。(https://www.env.go.jp/press/press_03661.html)
人間は間違えることもありますが、同時にそれを修正することもできるのだと思います。
私たちは常に「満足化」しています。
だからこそ、予期しない結果に気づくセンサーを持つこと。
それが作り手として大切なのだと思います。


