近年、UXの文脈で Adaptive UX という言葉を耳にすることが増えてきました。
ユーザーの状態や文脈に応じて、出す情報や体験そのものを変えていく。
技術的にも、現実的な選択肢になりつつあります。
ただ、ここで一度立ち止まって考えたいのは、
体験を「適応させる」とは、何に適応させることなのか
という点です。
属性志向は、これまでの前提だった
これまでUXやサービス設計では、ユーザーを属性で捉えることが一般的でした。
年齢、性別、家族構成、年収。
あるいは、ブランド嗜好や、対象プロダクトやサービスに詳しいかどうかというのもあるかもしれません。
たとえば、
「30代のHondaファン」
という表現は、属性志向の捉え方です。
ある程度の人物像が浮かび、好みそうな方向性や価格帯も想像できる。
属性志向は、決して間違った考え方ではありません。
まったくの真空状態からプロダクトを考えるよりも勝率は上がったと思いますし、一つの代表的な生活者イメージをチームで共有することは合理的でもあります。
ただし、属性志向だけでは足りなくなってきている
問題は、その先です。
「30代のHondaファン」という情報からは、
- なぜ、いま車を探しているのか
- どれくらい切迫しているのか
- 何を一番避けたいのか
といった、判断が生まれる条件があまり見えてきません。
人物像はある。
でも、その人が立たされている場面が見えない。
Adaptive UX が本当に扱おうとしているのは、この「場面」のほうです。
状況志向は、判断が生まれる瞬間を見る
そこで出てくるのが、状況志向という考え方です。
状況志向は、
「どんな人か」
ではなく、
「いま、どんな状況に置かれているか」
を出発点にします。
たとえば、中古車を探すという行為ひとつとっても、そこには、かなり繰り返し起きている状況があります。例えば、こんな状況です。
生活の変化をきっかけに、
車が必要になり、
ある程度の予算感はあるものの、
できるだけ失敗せず、
限られた時間の中で選択肢を絞りたい状況。
ここで描いているのは、特定の誰かの事情ではありません。
子育て、通勤、親の送迎など、理由は違っていても、
「いま、判断を急がされている中古車探し」という場面は、
かなり高い頻度で起きています。
そこに、行動支援の余地が生まれる。
その余地そのものが、新たな市場になる。
そんな考え方ができます。
同じ人でも、状況が違えば、UXの意味は変わる
重要なのは、
人は、属性に沿って一貫した判断をしているわけではない
という点です。
同じ人であっても、
- まだ検討を始めたばかりで、とっかかりもない段階
- 余裕をもって物色を楽しむ段階
- 追い込まれている段階
では、許容できる選択肢の数も、欲しい情報の粒度も変わる。
追い込まれてくると、多くの人は、
- 選択肢を増やしたいより、減らしたい
- 細かい比較より、安心できる判断材料が欲しい
- 後悔しないかどうかが、一番気になる
という状態に入っていきます。
これは、年齢やブランド嗜好ではなく、状況によって引き起こされる共通の反応です。
状況志向は、比較の土俵を定める
属性志向で考えると、どうしても話は広がりがちです。「30代のHondaファン向け」と考え始めると、支援の方向が定まらず、何を差し出すべきかが見えにくくなります。
- どの車種が合うか
- 新車か中古か
- リースも含めるべきか
と、検討の範囲が際限なく広がっていく。
Adaptive UXという考え方で体験を作ることが可能になったとしても、どんな支援を申し出るか、体験設計者としては少し困ります。
一方、状況志向では、
「限られた時間の中で、失敗せずに判断できるかどうか」
という一点に、考えるべき軸が集まります。
その結果、
- どこで迷うのか
- 何が検討を止めるボトルネックになるのか
を突き詰めていくことで、具体的な支え方が見えてくる。
Adaptive UX は、状況志向なしには成立しない
Adaptive UX は、体験を「人に合わせる」ことではありません。
同じ人であっても、状況が変われば、出すべき情報も、体験の形も変わる。
むしろ、体験を「状況にあわせる」という考えのほうが正解に近づきやすいのではと思います。
人を属性で分けて考えてみて、行き詰れば、
判断が生まれる「状況」を捉える視点に切り替えてみてはどうでしょう。
状況志向は、Adaptive UX の思考的な前提条件になると私は考えています。
属性志向から、状況志向へ
繰り返しますが、属性志向を捨てるべきだ、とは思っていません。ただし、Adaptive UX という可能性を考えたとき、そこに留まり続けるのはもったいない。
大まかな人物像をつかんだら、できるだけ早く、状況に目を向ける。
「この人は誰か」ではなく、
「いま、何をしようとしているのか」。
状況志向で考えると、同じ世界が、少し違って見えてくると思います。


