前回、「まずは、聞くという仕事」という文章を書きました。
そこで書いたのは、仮説を急いで語ることで、相手の現実を軽く扱ってしまう、そんな失敗を、時間をかけて学んだという話です。
ただ、そのあとで何人かと話していて、補足が必要だとも感じました。
「聞くことが大事だ、というのは分かるけれど、
それは仮説を立てるのを遅らせる、という意味なのか?」
答えは、明確に違います。
きちんと聞くことと、素早く仮説を立てることは、矛盾しません。
むしろ、仮説を持っていないと、うまく聞けない。
問題は、「いつ仮説を立てるか」ではなく、
立てた仮説をどう扱うかなのだと思います。
「悪魔のグラフ」という話
昔、濱口秀司さんのプログラムに参加したとき、「悪魔のグラフ」という話を教えてもらいました。
初期仮説を描こうとすると、「まだ早い」と言われる。
では、いつになれば十分なインプットが得られたと判断できるのか。
答えは、ほとんどの場合、そんな瞬間は永遠に来ない、です。
現実にはどうなるかというと、インプット量とは関係なく、「締め切りの1週間前」になって、仮説を作り出す。
「インプット量が何かの閾値を超えたら仮説を立てる、
そんなことは起きない。
期限が来たらやれやれと描き出すのが、多くみられる実態」
という主旨の話だったように記憶しています。
実務では、いつ仮説を立てているのか
その話を聞いたあと、私は何人か、戦略コンサルティングの現場で働いている人に「いつ仮説を立てるんですか?」と聞いてみたことがあります。
答えは、思った以上に早かった。「0日目」という人も、結構いる。遅めの人でも、「最初の週」でした。真空状態からでも考え始める人もいれば、最低限の状況を聞いてから組み立てる人もいる。そこは、思考の癖の違いでしょう。
ただ、共通していたのは、とにかく最初に仮説を立てる、という点です。内田和成さんの『仮説思考』で語られている話そのもので、何ら新しい主張ではありません。
でも、現場で見ていると、この前提がうまく共有されていない場面は、いまだに多い。
問題は「仮説を立てること」ではない
前回のpostと併せて言いたいことは、仮説を早く立てることは大事、ただそれをどう扱うのかという点です。
仮説には、少なくとも二つの役割があるように思います。
- 自分の思考を動かすための仮説
- 相手と共有するための仮説
この二つを混同して、「聞く前に語る人」になると、どうもうまくいかない。
実際、コンサルティングの現場でいわゆる「炎上」になるのは、意外とキックオフが多かったように思います。聞かずに語る状態になってしまったことがやはりその原因でした。
仮説があるから、話が聞ける
最序盤の仮説は、聞くための道具として使うという考えは、私は悪くないと思っています。
インプットを増やしながら、仮説は常に更新される、大きく壊すことも最初は頻繁に起こる、という前提で仮説を持つ。
また、仮説があるからこそ、「分からないことも分からなかった」という領域に気づくこともできうる。
仮説は、結論ではなく、仮置きのレンズのようなものです。そのレンズを通して世界を見ながら、「違うな」「ここは合っているな」と調整していく。
なので、仮説を立てることと、きちんと聞くことは、むしろ相互に支え合う関係にある。
最初の仮説の扱い方
前回の文章で書いたように、クライアントとの仕事の序盤で必要なのは、共に向かうための足場をつくることだと思っています。
その段階で仮説を前に出しすぎると、相手の現実よりも、こちらの頭の中の整理が優先されてしまう。
自分で考えたアイデアには愛着も、興味も生まれるものです。だからこそ意識して「聞く」ようにしないと、うまく仮説を更新できない。無意識のうちに現実を仮説にあわせようとしたり、クライアントを自分の仮説に「導こう」としてしまう。
最初の仮説は、前に出すためではなく、内側に置いておくもの。聞くために持ち、理解するために更新し、煮詰める最初の材料。
そう考えれば、「仮説思考」と「聞くという仕事」は矛盾しないと思っています。


