私たちは長いあいだ、UXデザインを「操作をスムーズに行ってもらうための思考錯誤」だと考えてきました。
けれど、その前提自体が、いま静かに崩れ始めているように思います。
体験はおそらく、別物に変わっていく
これまで私たちは、何かをしたいと思ったとき、いくつもの手続きを自分の手でこなしてきました。
メモを取りたいなら、アプリを開く。
予定を立てたいなら、カレンダーを起動する。
知りたいことがあれば、検索して、探す。
こうした「行動の前の準備」は、当たり前のものとして受け入れられてきました。
けれど近い将来、そんな前提は薄れていくかもしれません。
たとえば、ただ「メモを取りたい」と思っただけで、その行動に最適な環境が自然と立ち上がる。
ARグラスが視界に紙を浮かび上がらせ、ペンが手元に差し出される。
私たちが何かを“操作”しなくても、私たちの意図に、周囲の環境が応答してくれる世界。
それはもはやSFではなく、現実の延長線上にあります。
周囲がアシストする世界
ARグラス(AIグラスと名前を変えている様子)がまた脚光を浴びてきました。改めて思うのは、数年前の実験段階では「情報を重ね合わせる技術」でしかなかったのですが、そのポテンシャルはジェスチャーに応じてツールを用意する、「環境そのものが応答するインターフェース」へと役割を変えうるという点です。メモを取りたいというジェスチャーに対して、ペンと紙をAR上に用意する。風景を残したいと思えば、AR的にカメラアプリが動いてくれる。
思えば、スマートフォンは非常に便利ですが、わざわざポケットから取り出すアクションは「自然」ではありませんね。
今後「自然」な体験の水準はこれまで以上に高まり、「思ったように動く世界」が現れてくるのではと思っています。
同時に、ロボティクスの進化も加速しています。
AIが「頭脳」を担い、ロボットが「身体」を持ち、物理的な環境そのものが、人の意図に応じて柔らかく動き始めている。
これは単なるデバイス進化の話ではありません。
UXの主戦場が、「画面」から「環境」へと移りつつある、という兆しです。
こうした世界で、人間は何を担うのでしょうか。
「意志を持つこと」が人間の役割になる
この環境下で人間に求められるのは、「こうしたい」「こうであってほしい」という、意志の発露です。
それを実現するための、こまごまとした不自然な操作や作業は、ますます機械に任されていくでしょう。
これは日常生活に限りません。仕事の世界でも同じです。ルーティンワークやレポート作成、「正直、たるいな」と感じる業務は、すでにAIが代替を始めています。
これから仕事の中心になるのは、考えること、想いを馳せること、未来を描くこと。
私たちは、語り、願い、構想する。
実行にまつわるあれこれは、適切なパートナーに預けてしまえばいい。
だからこそ、「どんな未来をよしとするのか」を言語化できない個人や組織は、これから急速に立ち位置を失っていくのだと思います。
それでも、もがく
では、こうした時代において、UXデザイナーの価値は何になるのでしょうか。
環境と人間の接点が自然になればなるほど、「設計されていないもの」の不快さは、より際立ちます。
UXデザイナーは、人と世界の関係をなめらかにし続ける職能として、むしろこれから、その価値を増していくのではないでしょうか。
とはいえ、どんなトレーニングが必要なのか、明確な正解はありません。
AIにツール作成を任せたあと、私たちは何を学ぶべきなのか。
その答えは、これからの実践の中で、もがきながら、少しずつ見えてくるものだと思います。
私たち自身も、完成された答えを持っているわけではありません。
それでも、人と環境の関係をなめらかにする仕事に、向き合い続けたいと考えています。


